今回は、スリランカ観光で一番有名な場所、シーギリヤ・ロックを紹介します。

シーギリヤの簡単な歴史
シーギリヤについてはたくさんの書籍やブログで紹介されていますので、ここでは簡単に。
アヌラーダプラに王朝のあった5世紀、実の父であった先王を殺してしまったカーシャパ王が、弟からの復讐を恐れて、シーギリヤの岩の上に建てたのがこの宮殿です。
即位後、7年で建てられたといいます。しかしながら、都ができてから遷都から11年後、「弟のモッガラーナはカーシャパに復讐を果たし、カーシャパは自ら喉を切り、命を絶った」そうです。(にしゃんた著『ブッダと歩く神秘の国スリランカ 』より)
現在では宮殿の跡地や、王が当時の妃たちを泳がせて楽しんだプールの跡などが残っています。王様が描かせた、切れ長の瞳と豊かなバストが印象的な「シーギリヤ・レディ」の壁画も有名です。1,500年前に描かれたことが信じられないほどです。今は劣化防止のため、写真撮影禁止、立ち止まっての閲覧禁止です。

シーギリヤ・ロックを写真で紹介
シーギリは、1982年にスリランカで最初(アヌラーダプラ・ポロンナルワと同時)に世界遺産に登録され、今ではスリランカを訪れる人の多く(感覚的には、初めてのスリランカ旅行の場合、8割以上)が訪れるスポットになりました。うっそうとした林・草原の中に、まるで空から落ちて来たかのような一枚岩、しかもその上にかつて都が作られていた、という2つの事実が重なって、一度見たら忘れられない場所です。
車で近づいていくうち、林から見え隠れするシーギリヤ・ロックの姿を見つけるたびに、期待が高まります。






ご高齢の方や、小さなお子さま連れの方の場合、このライオンテラスでいったん待ち、登れる人だけが頂上に行き、下ったあとに再び合流することもできます。園内の導線は比較的シンプルです。





古代スリランカ王朝では、国の政策上、水を安定的に確保することが大変重要だったようです。古代王朝があった「文化三角地帯」は米どころですが、乾燥地帯に属するため、古代の王たちは灌漑施設を積極的に建設しました。今でも、スリランカではキャンディ湖をはじめ、各地に非常に多数の人造湖が見られます。同じ島国・稲作地帯でも、川の氾濫を防ぐための政策が必要だった日本とは逆ですね。

シーギリヤロック観光を安全に楽しむために
実は、シーギリヤロックは私がスリランカで初めてボられた場所でもあります。日本語で話しかけられ、その場で日本語ガイドを雇いました。あとで聞いたら、払った金額が相場の3倍だったという話。
スリランカに限らず、多くの観光客が訪れる場所は、多くの悪い輩が集まる場所にもなりえます。今も残念ながら、入場時に言葉巧みに旅行者に近づき、ガイドサービスを半ば強引に提供した上で多額の料金を要求する”ガイド”はいると聞いています。
ジャスミンツアーズでは、お申し出いただければ、適正な値段でサイトガイド(日本語・英語)をご紹介もできます。
スリランカ旅行のひとつのハイライトを、心置きなく楽しめますように。












